- 地域文化ナビ
2016年08月26日
- [九州・沖縄]
清和文楽 in いいだ人形劇フェスタ2016
長野県飯田市の「いいだ人形劇フェスタ2016」で8月5日(金)に行われた
清和文楽の公演を観に行きました。
日本各地、海外からもたくさんの人形劇関係者が集う
日本最大の人形劇の祭典「いいだ人形劇フェスタ」。
https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_cca/detail/1988c1.html
数ある人形劇の中で、今回最大のお目当ては熊本県の「清和文楽」です。
2001年にサントリー地域文化賞をご受賞。
https://www.suntory.co.jp/sfnd/prize_cca/detail/2001ko1.html
2015年3月には中国人留学生の皆さんと清和文楽館を訪問し、
たいへんお世話になりました。
https://sfnd.blog.suntory.co.jp/2015/04/index.php
ところが、今年4月に熊本地震が発生。
ご無事は確認できましたが、
その後どうしていらっしゃるかと案じていたところ、
今年のフェスタに出演されると伺い、馳せ参じました。
8月4日(木)と5日(金)の2日間で3回の公演。
最終回の会場は黒田人形浄瑠璃伝承館でした。
大道具、小道具、見台(浄瑠璃本を置く台)などはすべて、
飯田の伝統的人形劇、黒田人形座と今田人形座が提供されたそうです。
冒頭に行われた人形を使っての説明を、
海外から参加している人形劇団の人たちが、食い入るように見ていました。
続いての公演、演目は「傾城阿波の鳴門 巡礼歌の段」。
「かか様に会いたいぃ~」と泣きながら訴えるお鶴の姿に、
目頭が熱くなりました。
熊本の清和文楽を呼べないかという話が舞い込んだのは、6月の初旬。
正副委員長による緊急会議を招集すると、フェスタを通じて熊本の震災に
少しでも力になりたい、ぜひ来てもらいたいと即決したそうです。
でも、すでにすべてのプログラムが決定し、予算配分も終わっていたために、
絞りだせる予算はわずかでした。
募金箱の設置や、自分たちでできることはなんでもやることにして、
とにかく頼んでみたところ、清和文楽側から行きたいとの回答が。
「どうして、飯田に来たかったんですか?」
と、三味線の弾き語りをされていた太夫の佐藤義和さんに伺いました。
1992年に文楽専用の清和文楽館を建設し、
保存会の人たちが家業の合間を縫って舞台に立ち、
年間250回近くの公演を行ってきました。
これを支えてきたのは、伝統人形芝居の本場「淡路人形座」に派遣され、
2年間の修行の後、文楽館の常勤職員として伝統の保存と継承、普及に努める
太夫の佐藤さんと人形遣いの梶原修二さんでした。
さらに今年3月下旬には、太夫兼三味線弾き2人と人形遣い1人が、
淡路での修行を終えて文楽館に戻ってきたばかり。
新人として、さぁ、これからという矢先に、地震が起きたのです。
幸い、地元では大きな被害はなく、保存会の人たちも全員無事だったのですが、
観光客は激減し、公演ができない日々が続いていました。
佐藤さんは、次のようにおっしゃいました。
「舞台に立って、お客さんに観てもらうことによって芸は磨かれていきます。
突然、そういう場を奪われてしまった後輩たちのことを、
私たちはみんなとても心配していました。
歴史ある、素晴らしい人形劇の祭典に出られるのは光栄なことですし、
黒田人形座の皆さんのような、目の肥えた多くの方々に見ていただき、
ご意見をいただくことはこれからの励みにもなります。
ですから、後輩たちをぜひ、飯田の舞台に立たせてやりたかったのです。」
清和文楽人形芝居保存会会員と清和文楽館スタッフの皆さん
中央の和服姿は黒田人形保存会会長・高田正男氏、左は清和文楽人形芝居保存会会長・松田信雄氏、
右はいいだ人形劇フェスタ実行委員長・原田雅弘氏
資金不足について地元の山都町役場に相談したところ、
「全国から飯田に集まっている人形劇関係の人たちに、
山都町も清和文楽も元気だと伝えるためにも、ぜひ行って来い」
と賛同してもらい、役場の資金援助のお陰で、
総勢12人が熊本から飯田にやってくることが出来たのです。
飯田で大勢の人形劇関係者やファンに見てもらい、声援を受けたことが、
文楽の里づくりを進める熊本県山都町の皆さんに元気を与え、
これからも地震に負けず、頑張って行かれることを、
心よりお祈り申し上げます。
次回は、「いいだ人形劇フェスタ 2016」についてご紹介いたします。