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2020年03月12日

プレミアム・ミニトーク(東京)第3回「追いついた近代 消えた近代」を開催

12月17日(火)、東京で3回目となる「プレミアム・ミニトーク」を、苅谷剛彦氏(オックスフォード大学教授)と小熊英二氏(慶應義塾大学教授)をお迎えして、八重洲ブックセンター本店で開催しました。

サントリー文化財団の設立40周年を記念し、サントリー学芸賞受賞者をお招きして、東京と大阪で開催してきたプレミアム・ミニトークも今回でひとまずの最終回です。

折しも大学入試の英語民間試験導入の延期が発表された直後ということもあり、教育政策をめぐる問題を論じた『追いついた近代 消えた近代』を上梓した苅谷剛彦氏と、『日本社会のしくみ』で改革の必要性が叫ばれながらも変われない日本社会を分析した小熊英二氏の対談は注目を集めました

苅谷剛彦氏、小熊英二氏対談

日本にとっての「近代」とは?

明治以降、欧米を手本に近代化を進めてきた日本は、1945年の敗戦を経て、1970年代の終わりごろにはその目標をひとまず達成し、これからはモデルなき時代に突入するといわれるようになりました。このころから、新しい時代への模索が行われるようになり、1979年に誕生したのサントリー文化財団も、設立趣意にも「わが国においては、わずか一世紀間の急速な産業化と社会の近代化により(中略)、世界に先例を見ない時代に踏み出そうとしている」と書かれています。奇しくも同じ年(1979年)には大学入試に共通一次試験が導入され、現在に至るまで教育改革が繰り返されています。

苅谷氏は、教育政策にかぎらず、日本は近代の仕組みを作るときに、西洋にはあるけど日本にはないもの(欠如態)を埋めるということを目標にしてきた。それが、時代によっては「主体性」であり、「グローバル化」であり、あるいはより端的には英語の「話す」能力であると語ります。

それに対し小熊氏は、自分に欠けていると挙げられるものは、すでに認識できているものなので、本当の意味で欠けているわけではないのではないかと指摘しました。

小熊氏は、外国語がしゃべれなくても組織のトップになれる日本のような社会で、英語力が本当に必要とされているのか、と疑問を投げかけます。ご自身が経験したインドやメキシコなどでは、高い地位に就くには英語や論理的文章構築力が必須であり、それらを習得すれば収入が上がるから学ぶのだと語ります。そういう状況にない日本では、「英語ができればグローバル化できる」といった抽象論が語られがちであると同時に、TOEFLの点数やPISAのランキングに一喜一憂しがちである。しかし本当に欠けているのは、そのような世界的な文脈を認識できていないことの方であって、ランキングそのものよりもそちらの方が問題だと語ります。

しかしインドでは、高等教育はほぼすべて英語であり、英語で科学や経済を学び、そうした人が地位と富を独占しがちな一方、そこに至れない中下層の人々との越えがたい格差が生じていると小熊氏は語ります。その状況は嘆かわしいとされ、植民地化で失われてしまった本来の自分たちの国を取り戻したい、西洋の近代ではない「オルタナティブな近代」、「インドの近代」を目指すべきという論が台頭し、それが現在のヒンドゥー右派政権に至る底流になったとのことです。

一方で日本では、運よくそういう状況にはならず、母語で高等教育を受けられる国になったが、教育も政治も、また企業文化も日本語の国内市場に閉じてしまいがちである。そこではグローバル化論や英語教育論も、世界の文脈から外れた日本国内むけのものになっているというのです。

***

母語で考えるということ

苅谷氏によると、日本は明治以降、日本語での高等教育制度を見事に築き上げた。にもかかわらず、今になって逆のことを言われ出している。日本のように自分たちにないものを追い求めるような現象は、(日本をある程度モデルしている)東アジアでは若干見受けられるものの、西洋の諸国ではそれほど明確に言語化されることがないとのことです。海外の思想を取り入れること自体は間違いではないが、それをどのように自小熊英二氏分たちに当てはめるのかについては、きちんと足元を見て慎重に考えないといけないと述べました。

『追いついた近代 消えた近代』と『日本社会の仕組み』という、日本社会を分析する書籍を出版した二人に共通した認識は、複雑な問題を分析し、自身の考えを整理するにあたって、日本語という母語で思索、執筆して出版できる環境は非常に貴重だということです。今回の本をもとにして、より日本を俯瞰した形で論じる英語での出版にも取り組んでゆきたいとの抱負を、それぞれに語っていただきました。


6回にわたる「プレミアム・ミニトーク」を通じ、著者の問題意識や執筆の背景を直接伺うことができる貴重な場を持つことができました。そして同時に、書籍を通じて著者の思索を追体験することの重要さを、改めて認識する機会となりました。

今後も、サントリー文化財団では、サントリー学芸賞の贈呈などを通じ、日本の出版文化をささやかながら応援したいと考えています。

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投稿者(典)

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