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2017年10月18日
- [東北]
「地域文化の未来を考える研究会」IN福島①
「コスキン・エン・ハポン」開催事務局に聞く
20年30年後の日本に多彩で豊かな地域文化を引き継いでいくためには、
今、何をなすべきかを考える「地域文化の未来を考える研究会」で、
10月7日から9日にかけて福島県を訪ね、ヒアリング調査を行いました。
(研究会詳細は、沖縄ヒアリング調査のブログをご参照ください)
10月7日、「コスキン・エン・ハポン」で中南米の踊りを披露する地元の子ども達
最初に訪れたのは福島県川俣町。
10月7日から9日までの3日間、43回目を迎える
日本最大のフォルクローレ(中南米音楽)の祭典、
「コスキン・エン・ハポン」が開催されていました。
あいにくの雨のために、午前中に予定されていた
町民1500人以上が参加するコスキンパレードは中止。
午後にはお天気も回復し、全国から集まった181組約1200人の
アマチュアとプロのバンドが、次々に曲を披露していました。
年々参加者が増え、1日だけだった音楽祭が2日になり、3日になり、
それでも毎回、深夜、ときには朝までプログラムが続くそうです。
そんな大盛況の音楽祭でお忙しい中、開催事務局の皆さんが、
快くヒアリングに応じてくださいました。
昨年、この音楽祭を始めた長沼康光さんが亡くなり、
開催事務局代表を継いだ斉藤寛幸さん。
今から25年ほど前にふるさと川俣に戻り、
すぐに「コスキン・エン・ハポン」を手伝いはじめ、
竹笛のケーナやチャランゴ・ギターなども習い覚えたそうです。
斉藤さんが戻ってきたときはまだ、町の人たちの理解は薄く、
もの好きな人たちが集まって何かをやっている
としか思われていなかったのが、
様々な賞を受賞し、徐々に流れが変わってきたそうです。
小学校の授業でケーナを教えるようになり、
町長と町の有志が本場アルゼンチンに視察に行ったことがきっかけで、
町民有志によるコスキン・パレードが始まりました。
町の振興計画にも「ケーナの響く里づくり事業」が取り入れられています。
「続けることが力になるんです。
でも私たちが続けることができたのは、やっぱり、好きだったから」
と話してくださいました。
長沼さんが自宅で開いていた無料の音楽教室に小学生の頃から通い、
長沼さんが率いる「アミーゴ・デ・川俣」のメンバーとして、
高校生まで各地での公演活動にも参加していた市島紀子さんは、1歳児の母。
「長沼先生は、好きだということをとても大事にされていました。
子育てが一段落したらもっと頑張って、
町の中にフォルクローレを好きな人を増やししたい」
と希望を語ってくださいました。
町役場職員の大内剛さんは、町が推進する「ケーナの響く里づくり事業」に
仕事として関わっていましたが、音楽で人と人が繋がる姿に感動。
40を過ぎてから、ケーナを習い始めたそうです。
「コスキン・エン・ハポンがあるうちの町はいい町だと、
町民自身が思えるように、もっと間口を広げたい。
そのためには、子ども達が喜んで参加してくれるように、
いろいろ工夫してみたい」と意気込みを語ってくださいました。
3時間に及ぶヒアリングが終わったときには、陽もとっぷりと暮れていました。
「コスキン・エン・ハポン」が開催されている公民館の前庭には大勢の人。
年に一度、この場所で再会するフォルクローレの愛好者たちが楽しげに語り合い、
夜9時までは、あちらこちらで即興で合奏も始まります。
ここにいるのはみんな、フォルクローレが大好きな人たちばかりなのですね。
(島)